債権(売上)回収が問題となったときに、するべきことについて3回に分けて解説しいます。
今回は最後の3回目です。
⑸合意ができた場合/できなかった場合
①合意できた場合
交渉の結果、合意ができた場合に合意内容を書面化しますが、合意書面作成時の注意点があります。
㋐書面のタイトル
特定がしやすくて便利といった理由だけでなく、合意内容が不明確で解釈に争いが生じたときはタイトルが判断基準となることもあるため、合意内容に合ったタイトルをつけ他の書面と識別できるように してください。
㋑給付条項
給付条項を5W1Hを意識して記載しましょう。給付条項は訴訟や執行に際して最も重要な部分ですので計算間違いなどをしないよう慎重に対応してください。また、振込送金による支払の場合は、振込口座や手数料負担をどちらが負担するかについても定めておきましょう。
㋒期限の利益喪失条項
支払期日や分割払期日が定められている場合に、定められた期日までは支払わなくてよいという利益を期限の利益といいます。そして、分割払い中に滞納が生じたときは、債務者はその後の期限の利益を失い、残債務も即時一括で支払わなくてはならないといったような内容を定める条項を、期限の利益喪失条項といいます。
期限の利益喪失条項にも様々なバリエーションがありますので、それぞれの条項でどの時点で期限の利益喪失になるかということは、あらかじめ考えておきましょう。
㋓署名者
合意の当事者が会社である場合、代表権がない者による行為の効力を会社に帰属させることはできないため、合意書に署名・捺印する者が、会社を代表して契約を締結する権限を有している必要があります。営業部長等の契約締結権限を有している者は他にもいますが、名刺に記載されている肩書だけでは確定できませんので、契約に関する代表権や代理権を有しているかどうかということは、事前に確認するようにしてください。
㋔捺印
私的に作成する書面について捺印する印鑑の種類に制限はないので、実印以外の印鑑でも書面の有効性に問題ありません。しかし、書面の成立の申請が争われた場合では、実印と認印ではその効果に大きな違いがありますので、実印が望ましいです。
②交渉が決裂した場合
交渉決裂時には、通常は訴訟手続に進みますが、民事保全、民事調停、支払督促手続といった手続を選択することも可能です。
㋐民事調停
民事調停とは、裁判所で調停員を挟んで協議を行う手続であり、管轄は簡易裁判所です。調停員という第三者を間に入れることにより、当事者が冷静に話し合いを進めることができたり、細かい点について協議し、書面を残すことで、支払いの付随的条件や他の条件等を定めたりできるといったメリットがあります。
一方で、債権の存否自体に争いがある場合や、協議をしても相手方が応じる見込みが薄い場合には、民事調停は不適切です。
㋑支払特則手続
支払督促手続とは、債権者の書面による申立てのみで、債務者の立ち会いなしに、金銭給付の債務名義が取得できる手続です。支払特則の申立て→支払督促→仮執行宣言の申立て→仮執行宣言という段階を経て、債務名義と同一の効果が生じ、仮執行宣言付支払督促は、執行文の付与を受けずに、執行手続を行うことができます。管轄は、債務者の普通裁判籍の簡易裁判所であり、仮執行宣言の前に債務者から異議が出た場合は、支払督促は効力を失い、通常訴訟に移行します。
支払督促手続は、金銭の多価によらず、債務者の事情を聴取することなく、債務名義と同一の効果が生じるため、債権の存在に争いがなく、相手方が異議を出さないことが見込まれる場合は、簡易に債務名義を取得する方法として有用です。
一方で、債権の存否または額に争いが生じるおそれがある場合や、債務者が分割払いを求めている場合には、債務者から異議が出される可能性があります。債務者から異議が出されると、債務者である被告の住所地を管轄する裁判所が訴訟の管轄裁判所になります。一般的な裁判では、財産権上の義務履行地を管轄とすることができるため、債権者側の住所地を管轄する裁判所を管轄裁判所にすることができますが、支払督促手続の場合には、財産権上の訴えの義務履行地を管轄とすることはできません。そのため、被告の住所地の裁判所が、債権者の住所地より遠方である場合には、異議が出された場合に管轄裁判所がどこになるかを検討しておかなければならないというデメリットがあります。しかし、現在はWEB会議などを利用できるため、以前に比べるとこのデメリットは薄れてきています。
また、異議を出された場合には、通常訴訟に移行し、期日が改めて指定されるため、当初から訴えを提起した場合よりも、かえって時間がかかってしまうおそれもあります。
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債権(売上)回収が問題となったときに、するべきことについて3回に分けて解説しいます。
今回はその2回目です。
⑶任意の交渉
任意交渉の留意点は6つあります。
1つ目は、誰を交渉の場に出席させるかです。債権者側は、取引の実態を知っている担当者を同行させます。交渉の場で、債務者から反論が出た場合、その取引の実態に精通している者がいないければ、その場で確認できず、時間を要するためです。
一方で、債務者側には、担当者のみならず、支払いについての決定権・代表権のある者を同席させるよう求めます。そうしなければ、持ち帰って検討することになり、債務者側に時間稼ぎを許すことになってしまうからです。
2つ目は、情報収集です。任意交渉の時点では、双方とも歩み寄りの姿勢を持っているはずです。債権者としては、この機会に、任意の交渉が決裂したり、合意が履行されなかった場合に備えて、強制執行が可能な資産の情報を得るとよいです。債務者の取引銀行や主要取引先等について着目することが重要です。ただし、あまりに露骨に聞きすぎると、話し合いで解決する気はなく、情報収集に来たといった印象を与え、債務者に警戒されることになりますので、注意が必要です。
3つ目は、記録化です。交渉に臨む人数は、話す人・メモを取る人のように分業ができるよう、複数が望ましいです。また、複数人で交渉に臨むことで、言った・言わないの紛争を防止することもできます。相手方に無断で交渉内容を録音するといった方法も考えられ、このような録音であっても、必ずしも証拠能力が否定されるわけではありません。ただし、無断で録音を行ったことが判明すれば、信頼関係が崩れて交渉が決裂するリスクもありますので、録音の必要性は慎重に検討してください。
4つ目は、引き延ばしの防止です。債務者が破産や民事再生の申立てを行うために、債権者からの要望に対し、引き延ばしを図ることが考えられます。破産等の法的手続が始まってしまうと、債権回収が困難になるため、債権者としてはその前に少しでも回収を図る必要があります。
引き延ばしの防止の対策として、決定権のある者を交渉に同席させることが挙げられます。こうすることで、交渉の場で回答をするよう、債務者に要求できます。もし、やむを得ず後日回答するとなった場合でも、必ず回答期限を設けてください。
5つ目は、債務の確認です。任意交渉が決裂し、法的手続に入った段階で、債務者が何らかの抗弁を主張することがありますが、任意交渉の段階で、債務の内容を確認しておけば、そのような紛争を避けることができます。また、債務承認があったとして、時効の更新事由にもなります。時効の更新については、特別な合意書を作成しなくても、債権者作成の請求書の余白に、「上記請求内容に間違いはありません」と記載して、日付と署名・捺印をしてもらうなどの簡易な方法で問題ありません。その場合、捺印は代表者印が理想的ですが、紛争予防という観点からは、担当者の印鑑でもあるに越したことはありません。
6つ目は、違法行為を行わないことです。債務者が誠実に義務を履行しないとしても、自力救済や暴言、脅迫などは絶対に行わないでください。暴言や脅迫は勿論、自力救済も原則として違法です。
⑷相殺・担保からの回収
①担保
長期分割の弁済となる債権の支払確保のため、交渉によって新たに担保権を取得することが考えられます。当事者の契約により設定できる約定担保権は、抵当権・根抵当権(不動産)、動産譲渡担保・動産質(動産)、債権譲渡担保・債権質(債権)、連帯保証人(人的担保)等が挙げられます。
これらの約定担保権ですが、資金不足の会社の資産は、既に金融機関などが担保に取っていることがほとんどですので、担保に適した資産が残っていることがない場合もあります。
②相殺
相手が金銭を支払えなさそうな場合に、債権を回収する方法は3つあります。
1つ目は、相殺です。相殺する債権の弁債期が到来していれば、相殺は可能です。相殺の意思表示を行う場合は、内容証明郵便で相殺通知を送付するのが一般的ですが、相殺の意思表示には、条件または期限をすることができませんので、例えば、「〇〇までに支払わないときは相殺する」といった記載はしないようにしてください。
2つ目は、代物弁済(債務の弁済に変えて債務者の資産を譲り受けること)です。代物弁済は特に指定しない限り、給付した物の価格にかかわらず、債権全部が消滅してしまいます。これを避けるには、「売買代金債権100万円のうち50万円の支払いに変えて〇〇を引き渡す」というように、代物弁済により消滅すべき債権の範囲を特定しておく必要があります。逆に、物の価格が債権に比べて過大であるときは、その過大な部分について不当利得返還請求がなされる可能性もあります。そのため、消滅する債権と代物弁済を受けるものの価格とは適切なバランスをとっておきましょう。
3つ目は、債権譲渡です。債務者が第三者に対して有する債権を債権者が譲り受けるときは、債権譲渡の対抗要件を具備する必要があります。債権譲渡の対抗要件は、譲渡人からの通知または債務者の承諾です。
ただし、上記手段は後日、詐害行為(債務者が債権者を害することを知りながら、自己の財産を減少させる行為)として争われるおそれもある点には注意が必要です。
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今回は債権(売上)回収が問題となったときに、するべきことについて3回に分けて解説します。
⑴方針決定
債権回収の方法としては、任意回収と法的手段の2つがあります。
任意回収と、法的手段のいずれかが適しているのかは、㋐支払意思、㋑資産の存否、㋒担保提供の意思の存否、㋓現状事業を継続しているか、㋔将来的な事業継続の見込み、㋕強引な回収によるレピテーションリスクの存否といった要素から総合的に考慮します。
例えば、相手方に支払意思がある場合には、任意回収の方向に傾きますが(㋐)、支払意思があっても支払いにあてる資力がなく、換価可能な資産がある場合(㋑)には、法的手続に進まざるを得ません。つまり、各要素の有無で、あらゆる事案に共通する結果が出るというわけではありません。
債権回収をする場合には、任意交渉を先行させ、交渉が決裂したときに法的手段を取ることが一般的ですが、一定の場合には、交渉をせず、いきなり法的手続を行うことも考えられます。
1つ目に、相手方の支払拒絶の意思が固く、任意交渉をしても支払う可能性がほとんどない場合です。ただし、債務の履行遅滞に陥った債務者は支払えないと弁解することは珍しくないため、必ずしも支払拒絶の意思が固いとは限りません。そのため、まずは任意交渉を試みてもよいでしょう。
2つ目に、継続的取引の場合で遅滞額が大きい場合です。
継続的取引の場合、支払遅滞が複数回に及び、また金額も多額になった場合、債務者が支払いを諦めることがままあります。このような債務者に対して法的手段を取ることは、債務を支払う意思にさせる効果があります。
3つ目に、資産散逸のおそれが高い場合です。債務者が保有資産を処分している場合、時間をかけて交渉して債務を支払わせる合意を得ても、すでに資産が処分されてしまっており、債務を支払うことができなくなっているという状況も考えられます。このような場合は、保全手続を行う等の方法をとることになります。
4つ目に、換価が容易な資産がある場合です。大口の売掛先の情報を取得している場合など、容易に資産から債権回収が見込まれる場合には、保全手続を行うことが考えられます。一方で、売掛金や預金の仮差押えをすることで、取引先の信用不安をもたらし、その結果、取引先が破産した場合には、債権回収にも影響が出ますので、注意してください。
⑵書面による催告
書面による催告をする場合の注意点は4つあります。
1つ目に、請求債権が特定できているかということです。相手方との間に複数の取引があるときは、他の債権と区別できるよう、請求債権を明確にしてください。これを怠ると、請求による期限到来が認められないとか、時効完成猶予の効果が得られないといったおそれが生じます。
2つ目に、記載内容に客観的な根拠があるのかということです。特に書面の内容が高圧的になっていないかに注意してください。
例えば、「支払いがないときは裁判手続により、民事・刑事上の責任を追及させていただきます」といった表現はありがちですが、本当にそのような責任追及が可能なのかを考える必要があります。「裁判」や「刑事責任」といった言葉は、債務者に必要以上に恐怖心を与えてしまうおそれがあります。
3つ目に、催告書の差出人を誰にするかということです。
差出人は、依頼者本人名または代理人弁護士名のいずれかを選択します。代理人弁護士名の文書は、債権者が債権回収に本気であることが伝わり、債務者に対する心理的な圧力が高まります。一方で、相手方によっては、弁護士からの通知を威圧的と捉えて感情を害し、かえってその後の話し合いが難しくなってしまうという場合もあります。
弁護士が関与して催告書を送付する場合があっても、必ずしも差出人が弁護士名である必要はありませんので、交渉経緯や相手方の性格等を考慮して、事案に適した方法を選択してください。
4つ目に、郵送方法を何にするかということです。
意思表示は相手方に到達することにより、効力が発生するので、催告書を送付する場合は、後日の紛争に備えて、相手方が催告書を受け取ったことを証明できる方法を取ることが必要です。例えば、催告書を送付する際は、書留+内容証明+配達証明を利用することが多いです。これにより、請求した内容、請求の日、相手に到達した日がすべて立証できるからです。
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