懲戒について
懲戒とは、職場規律・企業秩序を維持するための制度として、服務規律や秩序違反に対する制裁として行われる不利益措置をいいます。
懲戒処分は、企業の秩序維持のための重要な制度である一方で、従業員にとっては多大な不利益を及ぼすものであるため、両者の利益調整が必要で、行き過ぎた懲戒処分については、裁判所が権利の濫用として無効と判断することもあります。そのため、懲戒のルールを理解した上で、実際の裁判例でどのような判断がなされているのかを認識した上で、懲戒権を行使する必要があります。
懲戒の根拠については、学説の争いはありますが、会社が行うべき対応としては、あらかじめ就業規則において懲戒の種類と事由を定めた上で、従業員に周知する必要があります。そのため、就業規則の作成義務がない10人未満の事業所などは注意が必要ですし、就業規則があっても懲戒事由や懲戒の種類が整備されているかについては確認が必要です。多くの企業では、包括条項懲戒事由といって、「その他前各号に準ずる事由があるとき」といった包括的に懲戒事由を規定する条項を設けています。
懲戒の種類
懲戒処分には主に以下のようなものがあります。
戒告 将来を戒めること
けん責 始末書を提出させて将来を戒めること
減給 賃金額から一定額差し引くこと※1
出勤停止 労働者の就労を一定期間禁止すること
降格 役位や職位、職能資格を引き下げること
諭旨解雇 一定期間内に退職願の提出を勧告し、提出が
あれば退職扱い、提出がなければ懲戒解雇と
すること
懲戒解雇 労働契約を一方的に解約すること※2
※1 1回の額は平均賃金の半額まで、総額が一賃金
支払いの総額の10分の1まで
※2 退職金の全部又は一部が支給されない
懲戒のルール
懲戒処分も刑法と同じ罪刑法定主義などが妥当するといわれており、具体的には、以下の点に注意が必要です。
① 就業規則に定めていない事由に懲戒を課したり、
定めのない懲戒処分を課すことができません。
② 就業規則を改訂しても、新たに規定した懲戒事由で
改定前の行為を処分することはできません。
③ 同一の事案について再度の懲戒処分を行うことは
できません。
平等取り扱いの原則
同じ規定に同じ程度に違反した場合には、これに対する懲戒処分は同一種類、同一程度であるべきという原則です。懲戒処分は同様の事例についての先例を踏まえてなされなければならないといえます。
そのため、従来黙認してきた行為に処分を行う場合や社会情勢の変化により従来より厳しい対応をとるような場合には、事前に周知徹底し、そのような違反がないように警告を行う必要があります。例えば、飲酒運転への批判は日に日に高まっていますので、従来より厳しい処分を行う場合には、その旨社内への周知徹底が必要となります。
相当性の原則
懲戒は、規律違反の種類・程度その他の事情に照らして相当なものでなければならないという原則です。
特に懲戒解雇の場合は裁判所が厳格に判断を行い、懲戒事由に該当するとしながらも、行為の内容や行為者の諸般の事情を考慮して処分が重すぎるため無効とすることもあります。そのため、裁判例を見ながら、どのような行為、どのような事情がある場合に、どのような懲戒処分が有効となったのか、という点を知る必要があります。
懲戒の手続
懲戒処分を行う際の手続は、就業規則や労働協約等により定められていることがあります。従業員本人に弁明の機会を付与することが定められている場合、それを行わないと懲戒処分が原則として無効となります。
また、労働組合との協議や懲戒委員会の開催を定めている場合もあるので注意が必要です。
通勤手段を偽って通勤手当を不正受給し、懲戒解雇された事案
-帝京大学事件(東京地判令和3年3月18日)ー
【事案の概要】
大学の准教授の地位にあったXが、通勤手当を不正に請求した(通勤届記載の電車ではなくバイクを利用していました)などとして、Yから免職処分(退職届を提出すると退職金が支給されるが、提出しないと懲戒解雇される)とされたが、退職願いを提出しなかったため懲戒解雇された事案です。
Xは懲戒権を濫用したものであり、無効であるとして、労働契約上の地位確認等を求めましたが、裁判所は、不正は採用当初から6年以上にわたっており、損害額も約200万円と多額などとして懲戒解雇は有効としてXの請求を退けました。
【判決のポイント】
使用者が労働者に対して懲戒処分をするにあたっては、使用者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の動機、態様、結果、影響等のほか、当該行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の労働者に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、いかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有していると解すべきであり、処分が社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したと認められる場合に限り無効と判断すべきとされています。
この基準をもとに本件事案について見てみると、
・通勤手当の不正受給は、採用当初より6年以上の長期にわたっており、受給額全額について詐欺と評価し得る悪質な行為であること
・Yが被った損害は、合計約200万円と多額であること
・Xは、大学の職員が届出の正確性などについて確認すべきであったなど、他者に責任を転嫁するような発言もしており、真摯に反省していたものとは到底認められないこと
・Yは、当初懲戒処分のうち最も重い懲戒解雇ではなく、 退職届を提出した場合には退職と扱って一定の退職金が支給される免職を選択したこと
を総合すると、Yの判断は、社会通念上相当なものであり、裁量権の逸脱又は濫用があったということはできないとされました。
【類似の裁判例】
〈国鉄中国支社事件 最一小判昭和49年2月28日〉
懲戒権者は、どの処分を選択するかを決定するに当たっては、懲戒事由に該当すると認められる所為の外部に表われた態様のほか、所為の原因、動機、状況、結果等を考慮すべきことはもちろん、さらに、当該職員のその前後における態度、懲戒処分等の処分歴、社会的環境、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情をも斟酌することができ、これら諸事情を総合考慮したうえで、企業秩序の維持確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべきである。
判断については懲戒権者の裁量が認められているとされています。
➜本件事案の判決も、上記最高裁判決に沿った一般論を判示しています。
手当等の不正受給を理由とする懲戒処分が争われた裁判例は少なくありませんが、不正受給にあたるか否か微妙な事案も多く、裁判例の結論も事案次第でまちまちとなっています。以下に2つご紹介します。
〈東京地判令和2年1月29日〉
原告が通勤届と異なり自己所有の自動車による通勤を行い、通勤手当を不正に受給したとして、けん責処分に処された事案です。
被告の通勤手当支給要綱によれば、自動車等の通勤は『公共交通機関を利用して通勤することが著しく困難で、自動車又は自転車等の交通用具の利用がやむを得ないと判断される』例外的な場合に、社員による所定の申請手続を経て、通勤手当を支給することができるとされていました。
原告は、結果として、原則である公共交通機関の利用を前提とする通勤手当と自動車通勤を前提とする通勤手当との差額約56万円を不正に受給したものと認められます。
原告は、平成23年8月末頃から平成27年12月までの長期間にわたって、実際には、自家用車で通勤していたにもかかわらず、所定の届出や申請を怠り、また、2回にわたり、事実と異なる届出をしていたこと、不正受給に係る通勤手当受給分の総額などを考慮するとその態様は悪質なものであるとして 本件懲戒処分を有効であると判断しました。
〈東京地裁立川支判平成31年3月27日〉
大学の教授であった原告が、住所を偽ることにより、自動車通勤手当を不正に受給したことを理由に定年退職直前に懲戒解雇された事案です。被告においては『自宅』と通勤届等記載の住所地、住民票記載の住所地は同義のものとして解釈、運用されていました。
原告の住民票記載の住所地は、A町であり、通勤届等にもその住所地を記載しており、平成19年4月から平成29年2月までの間、その『自宅』はA町とされていたのに対し、大学は生活の実態はB町であったとしてA町を前提とする通勤手当の受給は不正受給であるとしました。
裁判所は、
・原告がA町宅でも生活実態があること、
・授業のある日に限っても週全体でみれば、原告はB町宅
を経由してA町宅とCキャンパスとの間を通勤している
とみることもできたこと
・原告は授業以外の業務のために授業のない日にA町宅か
らCキャンパスまで出勤することもあったこと
を併せて考慮すると、原告が、平成19年4月から平成29年2月までの間、A町ルートによる通勤手当を受給したことが明らかに不正ということはできないとして本件懲戒解雇は無効であると判断しました。
このように、通勤手当の不正受給といっても、そもそも認められないこともありますし、認められたとしても処分の内容をどうするかという点は十分検討が必要です。
退職申出後、機密情報を私的に保存したとして懲戒解雇された事案
-伊藤忠商事事件(東京地判令和4年12月26日)-
【事案の概要】
Xは令和2年2月13日、会社に対して3月末日付で自主退職をする旨意思表示をしました。
その後、転職が決まっていたA社へ移る直前の3月19日にXは、会社内のシステム上に保存されていた本件データファイル等をクラウドストレージサービスであるGoogle DriveのXのアカウント領域にアップロードしました。
Yは、本件アップロード行為が機密保持違反等の懲戒事由に該当するとして、3月26日にXを懲戒解雇することを決定し、その旨をXに伝えました。
Xは、本件懲戒解雇は、懲戒権及び解雇権の濫用に当たり、違法かつ無効で、Xは、予定されていた退職日に自主退職したものであると主張して、退職する旨の意思表示をしたあとに、会社から支給に関する説明を受けた変動給(夏季賞与)の按分支払いおよび遅延損害金の支払いを求めて訴えを提起しました。
裁判所は、情報漏えいもなく会社に金銭的損害は生じていないけれど、機密情報を不正に目的外に利用したとして懲戒解雇相当と判断し、退職金不支給についてもやむを得ないと判断しました。
【判決のポイント】
①不正競争防止法違反に当たるか
一般論として、不正競争防止法上の営業秘密といえるためには、
ⅰ秘密管理性(秘密として厳格に管理されていること)
ⅱ有用性(役に立つ情報であること)
ⅲ非公知性(一般に知られていないこと)
が必要です。
これについて裁判所は、
社内システム内のXの仮想デスクトップ領域に保存されていたデータファイルのうち、(Yが有用性及び非公知性があると主張する)本件詳細主張ファイル群以外のものについては、有用性及び非公知性があったと認めるに足りる証拠はないとしました。
また、Xがデスクトップフォルダに保存していた情報のうち、大部分は一般情報であって、その中に、それと比較して相当に少量の有用性及び非公知性がある対象情報が含まれる状況にあったという事実を認定した上で、社内システムに保存されている情報に含まれている対象情報は、量的に大部分を占める一般情報に、いわば埋もれてしまっている状態であり、対象情報が秘密であって、一般情報から合理的に区別されているということはできないから、本件データファイル等については秘密管理性を認めることはできないとしました(不正競争防止法違反を否定)。
②懲戒処分に客観的合理的な理由があるか
不正競争防止法違反は否定しましたが、その判断とは別に、本件アップロード行為は、大部分は引継ぎには必要のない情報であったと推認されるとし、本件データファイル等が転職先において価値のある情報とまでは言えないことも踏まえても、本件アップロード行為は、X自身又はY以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことを合理的に推認することができると判断しました。
そのうえで、本件アップロード行為は、会社就業規則において禁止される、職務上知り得た会社及び取引関係先の機密情報を「不正に目的外に利用する」行為及び会社の文書、帳簿等を「不正に目的外に利用する」行為や「職務上の任務に背き、本人の利益を図」る行為に該当すると判断しました。
③社会通念上の相当性
懲戒解雇の相当性について、裁判所は、退職が決まった従業員による非違行為に対しては、退職金の不支給・減額が想定される懲戒解雇以外の懲戒処分では十分な抑止力とならないから、事業者の利益を守り、社内秩序を維持するうえでは、退職が決まった従業員による情報の社外流出にかかわる非違行為に対し、事業者に金銭的損害が生じていない場合であっても、比較的広く懲戒解雇をもって臨むことも許容されると判断し、Xが、会社を退職し、A社へ転職する直前の時期に行った本件アップロード行為について、懲戒解雇は社会通念上相当なものと認めることができ、権利濫用には当たらないと判断しました。
【判決を踏まえた検討】
本件アップロード行為について、不正競争防止法違反としての責任を問うためには、①であげた3つの要件が必要です。
裁判所は、「対象情報が一般情報から合理的に区分されていない」としてその責任を否定し、本件アップロード行為については、不正競争防止法違反を問うことはできないとしました。営業秘密の管理について、一般的な情報と厳格な区分をすることの必要性を考えさえる判断です。
一方で、本件アップロード行為は就業規則において禁止されている、職務上知り得た機密情報を不正に目的外に利用する行為等の懲戒事由に該当すると認めました。
就業規則の懲戒事由の記載の重要性を再認識させるものでもあります。
本判決がXに対する懲戒解雇を有効とした理由の1つとして、本件アップロード行為は悪質であって、事後的な救済は実効性に欠けるという非違行為の特殊性を前提として、Yの利益を守り、社内秩序を維持する必要性が挙げられています。そのため、退職前提でない者が同様の行為をした場合に懲戒解雇が有効となるかはそれぞれのケースごとの判断に委ねざるを得ないという側面もあります。
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