今回はM&Aの中で、不動産について説明いたします。
法務DDの中で不動産に関する調査が重要性を持つかどうかは、対象会社が所有する不動産の位置づけによって変わってきます。
単に、資産として賃貸料収入を得るために持っている不動産については、財産的な価値評価は別として(財務DDなどで行うことはあるとしても)、法務DD的には本業に与える影響は小さいと判断されることも多くあります。
一方で、オフィスや工場などに使用している不動産については、
利用形態が所有なのか賃貸借なのか、
継続的な使用が本業の継続に必要なのか、それとも代替可能(移転の負担も含めて)なものなのか、
賃貸借契約とした場合に契約の継続が可能なのか、
賃貸借契約は不公平なものではないか(たとえば、創業者個人が所有する土地を高額で賃借していないか)
などという点が問題になってきます。
他方、土地については、土壌汚染などの環境に与える影響なども問題となりえますが、法務DDの検討範囲を超えるものでもありますので、実務的にはヒアリングでの確認や現地の外観を確認したり、という程度の対応が多く、より詳細な調査は専門業者に委ねるべきです。不動産の所在地や重要性によっては現地を見に行かないこともありますが、見に行ったところ、契約関係が不明な第三者の看板が土地上に設置してあったこともあり、現地確認が有効な場合もあります。
不動産の使用権原による検討事項
① (建物も)土地も所有の場合
建物も土地も対象会社が所有している場合や、土地を利用していて土地を所有している場合には、調査はそれほど複雑ではありません。
対象会社が所有していることを不動産登記で確認をするとともに、抵当権などが付されていないか謄本やヒアリングで確認を行います。
② 建物所有、土地賃貸借の場合
第三者の土地上に対象会社所有の建物が存在する場合には、土地利用の権利が確保されているのかについて確認が必要となります。
確認する事項としては
ⅰ土地の地上権ないし賃借権が確保されているか、
ⅱ土地の利用権に優先する抵当権などが設定されていないか、です。
ⅰの土地の利用権については、地上権よりも賃借権が設定されることが多く見られるため、賃借権の場合の注意点について説明します。
まず、土地の賃貸借契約が建物の所有目的である場合には、借地借家法が適用され、賃借人の権利が厚く保護されるため、借地借家法の適用がされる賃貸借契約かどうかという点は重要な検討項目です。一時使用目的や定期借地等に当たる場合には、借地借家法の一部が適用されないため、これらの事項に当たらないかについても検討が必要です。
賃貸借契約一般については、
・賃貸人が土地を賃貸借する権限を有しているのかという点の確認が必要です。一般的には土地の所有者に該当するか、不動産登記を確認することが多いですが、転貸借であるような場合には、不動産登記を確認しても転貸人が所有者でなく、賃貸借を行う権限が確認できないため、原賃貸借契約の締結についても確認となるほか、原賃貸借契約が解除されると転借人も退去しなければならないこととなるため、転貸借に伴う対象会社のリスクを適切に評価する必要があります。
・賃貸借期間や更新条項の有無、中途解約条項の内容なども確認を行い、事業の遂行途中に予期せぬ解約がなされるおそれがないかについての確認も必要となります。契約書上の問題も確認が必要ですが、具体的な解約のおそれがあるかヒアリングでも確認を行います。
・賃料や賃料の改定の条件、敷金の預託額や返還条件なども対象会社の財務面に影響を与える事項ですので確認を行います。
・その他、たとえば、会社の経営者が賃貸借契約の連帯保証人となっている場合には、売主からは連帯保証人の変更を求められる一方で、買主の代表者が代わって連帯保証人となるのか、賃貸人に対して連帯保証人の廃止を求めることができるのか、という点も検討事項となります。
③ (建物も)土地も賃貸借の場合
土地建物とも第三者所有の場合や土地のみを利用している場合に当該土地が第三者所有という場合には、②と同様に土地や建物の利用権が確保されているのかという点や賃借権等に優先する抵当権などが設定されていないかが確認事項となります。
ただし、②と異なるのは②の場合第三者所有の土地上に対象会社の建物があり、土地の利用権が認められなかったり、解消された場合に、建物の処分をどのようにするのかという検討事項が生じるのに対し、すべて第三者所有の場合にはそのような問題が生じません。
一方で、利用している土地や建物が代替性がない重要なものであれば、利用権が認められない場合や解消された場合のリスクは残りますので、そのようなリスクがどの程度具体的に生じているのか、という点について調査が必要となります。
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今回はM&Aの中でも株主や関連会社との関係について説明いたします。
株主や関連会社との関係は、M&Aの対象となる会社(対象会社)の利益を害する不当な契約がないかやこれまでグループ会社として様々な便益を図ってもらっていたが、そのようなものがなくなってしまい、事業継続に影響を与えないか、という観点での確認を行います。
不当な契約がないかの検討
関係会社等との取引を把握するために、対象会社に対して、関係会社との取引に関する契約書の提出を求めたり、ヒアリングにより確認を行うことがあります。
その際に、対象会社が関連会社に対して経営指導料を支払う契約があったり、関連会社のために保証人となっている、などといったことが発見される場合もあります。
対象会社がオーナー企業であったような場合には、オーナー兼代表取締役に対して多額の金銭消費貸借契約を締結している、というケースも見受けられますし、本社の不動産を株主が所有していて、対象会社に賃借しているというケースもあります。
このような場合には、当該契約の目的や内容などを慎重に確認し、継続の必要があるか検討を行う必要があります。
また、通常の売買取引などであっても、他の取引先と比較して関係会社を有利に扱っていることがないか、確認が必要となります。
確認した結果、合理性のないという判断がされた場合には、当該契約の解消や修正をクロージングの条件とするという対応が必要となることもあります。
いわゆるスタンドアローンイシューについて
上のような問題とは逆に、関係会社との間で対象会社の事業継続に必要な契約が締結されており、関係会社から様々な便益を受けているということもあります。
この場合、M&Aの実行により、これまで関係会社から受けていた便益を受けることができず、事業遂行に影響を及ぼすということもあります。
検討のポイントとしては、他の代替手段を導入するか、一定期間の間便益の提供をお願いするか(その取引条件をどのようにするか)、の判断を行うこととなります。
主にこのような問題が起きるのは以下の事項についてです。
- 管理部門
経理や財務、人事などを親会社が包括的に行っていた場合、対象会社の譲渡を受けても、管理部門については別途手当が必要になります。
また、買手企業の管理部門で担当するとしても、これまで対象会社のために使用していた会計システムや給与システムなどのシステム面をどのように移行させるか、といった問題が生じることもあります。
- 資産・資源の利用
関係会社から建物を無償又は有償で貸借されていた、などが典型的な場合ですが、関係会社が所有していたり、賃借していた不動産などを対象会社が利用していた場合、今後利用を継続させてもらえるのか、また、その条件はどのような内容にするのか、といった検討事項が生じます。
セキュリティ上の問題から関係会社でなくなった以上同一スペースの利用を倦厭されることもありますので、会社の移転も含めて検討しなければいけない場合もあります。
また、関係会社が有する知的財産権を利用して事業を行っていたような場合には、当該知的財産権の必要性を検討の上、関係会社からライセンスを受ける、又は当該知的財産権の譲渡を受ける、といった対応が必要となる場合もあります。
- グループ間取引
原材料の調達など、グループ間で共同して行っていた場合やグループ会社であるために関係会社との間でも有利な条件で取引を行ってもらえていたというような場合には、今後同一の条件での契約継続を望めない場合もあります。
そのような場合には代替手段を確保する必要がありますし、取引条件が従前より悪化する可能性を考えて、利益の想定などが下がることをありえます。
- 福利厚生等
年金や健康保険、各種福利厚生など、グループ会社であるために、従業員が享受していた利益については、M&Aの実行により享受できなくなることがあります。
このような場合には、従業員の士気に影響するだけでなく、法的にも労働条件の不利益変更に当たらないかという問題も生じますので、従前と同様の福利厚生の整備の必要性がないかという検討も必要となります。
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会社組織及び株式に関する事項の調査は、法律上問題がある場合にはそもそも取引の対象である会社や株式が存在しないという事態が生じ得るため、基本的な事項ではあるものの、外せない調査事項です。
設立関係
- 対象会社の設立が法令上の手続に従ったものであるか、
- 定款で変態設立事項(現物出資、財産引受等)が定められた場合には、これについて必要とされる検査役の調査の実施の有無(又は当該調査が不要とされるための要件の充足性)
を調査します。対象会社の設立の有効性を確認するものであり、重要な調査になります。
ただし、株式会社の設立の無効を主張するには、設立無効の訴えの手続によらなければならないため(会社法828条1項1号)、対象会社成立の日から2年が経過しており、かつ、成立の日から2年以内に対象会社に対して設立無効の訴えが提起されていない場合には、対象会社の設立手続に瑕疵があっても、原則として、対象会社の設立が無効とされることはありません。
定款及び社内規則
定款は、会社の機関及び運営等の基本的な事項を定めたものです。
定款については、
- 定款の記載内容の会社法その他の法令との適合性
- 想定されている取引の実行を妨げる重大な問題又は取引実行にあたって手続上留意すべき規定の有無
- 取引の実行前又は取引実行と同時に変更されるべき規定の有無
を調査します。
特に想定する取引の形態が株式譲渡の場合には、上記②③に関し対象となる株式に関する定款上の譲渡制限の有無や対象会社の目的及び発行可能株式総数がポイントとなります。また、一般的に取引実行後に対象会社の役員の変更を実施することが多いことから、必要に応じて役員の人数の変更や責任制限規定の導入等も検討対象となります。
なお、対象会社によっては、定款の下位規則にあたる取締役会規則等の各種社内規則が制定されていることがあるため、適宜、同下位規則も調査する必要もあります。
商業登記簿謄本
各会社の商業登記簿謄本を通じ、対象会社が発行する株式の種類及び数、株式に関する譲渡制限の有無、株式発行会社か否か、新株予約権等の発行の有無及び権利の内容、対象会社の役員、取締役会設置会社等の対象会社の組織形態等の基本的な情報を把握します。
ここでの重要なポイントは、登記申請義務の懈怠等を原因に、登記簿謄本の記載が最新の対象会社の情報を反映していない場合があり、例えば譲渡制限株式会社に変更していたのにその旨を反映していなかった等の事情があり得るということです。
このため、商業登記簿謄本を検討するにあたっては、対象会社の株主総会議事録等の調査を通じ、その整合性を確認することが重要です。
また、対象会社株式の譲渡履歴等を検討する前提として、株式の発行履歴を確認することもあります。そのような場合には、現在の時点における商業登記簿謄本又は履歴事項全部証明書にとどまらず、過去の登記事項を確認するために閉鎖登記簿謄本を取得することもあるでしょう。
ただし、登記簿謄本には保存期間(閉鎖日から20年間)があることに留意が必要です。
法令上の会議体の議事録
株式会社には株主総会議事録、取締役会議事録等の会議体の議事録を保存する義務があります。
これらの検討のポイントは、
- 対象会社の行為について、法令、定款又は社内規則に従った決議の有無
- 各会議の開催手続及び決議内容の法令、定款又は社内規則違反の有無
- 事業上重要な財産の処分、事業上重要な取引契約の締結の有無及び係属中の紛争の存在その他対象会社の事業又は買主の想定する事業計画の実行に影響を及ぼす重大な決議の有無
です。
当該調査を通じ、法令等の違反が判明した場合には、対象会社の会社組織、決議の経緯、内容等の個別具体的事情に照らして当該行為の有効性を判断することになるため、その判断には専門的な協力が必要となります。
株式及び株主に関する書類
前述の資料に加え、株主名簿及び新株予約権原簿等を通じて、発行されている株式の権利内容(種類株式の有無、内容)、譲渡制限の有無、株式を発行する定めの有無及び発行済み株式数等を調査されていること、及び、発行済株式が、法令上必要な手続に履践して有効に発行されていることを調査します。
当該調査を通じ、株主構成、質権や譲渡担保権等の担保権設定、新株予約権等の潜在株式の有無等を確認します。株主構成は対象会社の意思決定に影響を与えるという点で、M&Aにとっては、非常に重要な調査事項であり、表明保証で済まさず、根拠資料に照らし正確に確認することが必要です。
なお、実務上、法務DD期間中にも、新株予約権の発行等、株主構成に影響を及ぼす事情が生じることもあるため、株主構成には細心の注意が必要です。
株主間契約その他の株主との契約
対象会社が、他の株主との間で株主間協定書を締結しており、かつ、同契約に、他の契約当事者の同意なく対象会社の株式を譲渡することができないと規定されている場合があります。
このような規定がある場合には、想定される取引が阻害されるおそれがあるため、これらの規定による想定する取引の阻害可能性の有無、及び当該規定に従って当該取引を実行するために必要な手続の履践の有無、確認する必要があります。
まとめ
以上のとおり、法務DDでは、商業登記簿謄本等の公開情報に加え、対象会社から開示を受ける情報を確認することを通じ、対象会社の実態を明らかにします。
対象会社の存在及び組織構成、株主構成は、想定される取引を断念させかねないものであるため、基本的な内容であるものの、違反した場合の有効性判断等、法的な知識が必須となる調査事項となります。法務DDを実施される際には弁護士等の外部の専門家に依頼されることを強くおすすめします。
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法務DDのプロセス
法務DDを行う場合は、おおむね以下のようなプロセスとなります。
(事前にM&Aのスキームについて相談を受けることも)
① 関係者での事前協議・キックオフ会議
② 対象会社に対する資料の請求
③ 開示された資料の確認、QAシートの作成
④ 現地でのQAの確認、資料の確認
⑤ 追加の資料請求、QAの実施
⑥ 法務DDの報告書の作成、報告
① 関係者での事前協議・キックオフ会議
まず、M&Aの対象となる会社(「対象会社」という言い方が一般的に使用されます。)の概要やM&Aのスキーム(株式譲渡なのか、事業譲渡なのかなど)についての確認を行います。
この際、買主候補が対象会社のどこに魅力を感じているのか、についての確認が重要です。
たとえば、対象会社が持つライセンス権などが重要であれば、M&Aを実行した後にライセンス権が承継されるのかどうかが非常に重要な検討事項となりますし、経営者のカリスマ性が魅力であれば、M&Aの実行後も引き続き経営に携わってもらえるのか、後継者候補をどのようにするのかなど、法務DDの重点ポイントの確認やその後の契約での誓約事項(○年間は代表取締役を継続するなど)の設定で非常に重要な意味をもちます。
その後、キックオフ会議を行い、買主候補や他のDD担当の専門家を交えて相互の懸念点の共有などをすることもあります。対象会社を訪問する日時が重なるときなどはヒアリング時間などの調整が必要となることもありますし、専門家相互の確認事項を共有したりします。
② 対象会社に対する資料の請求
キックオフ会議の前後に、対象会社に資料を準備してもらうために、資料請求リストを作成しますが、資料請求リストを準備するにあたって、対象会社のビジネスモデルに対応した内容で作成することが重要です。
資料請求リストを作成したら、対象会社担当者との間で資料請求リストの内容について説明をします。担当者へ説明することで、担当者は的確な書類を準備することができ、DDを具体的にイメージできるようになります。
③ 開示された資料の確認、QAシートの作成
開示資料を確認した後、開示資料からは確認できない情報や疑問点を明らかにするために、対象会社の役員及び従業員に対するQAシートを作成します。
QAをする目的は、対象会社のリスクを洗い出すことにあり、具体的にはその内容をまとめた報告書を作成することとなりますので、QAシートの作成時には、報告書に記載すべき内容をイメージしながら、そのために何を確認すべきかを逆算しながら質問事項を考えていきます。
④ 現地でのQAの確認、資料の確認
その後、開示された資料を精査したうえで、質問事項について実務上十分な知識を有している者に対してQAを行います。
そのために、どの質問をどの方に質問するのが良いのか、という点を事前に対象会社の中でも検討しておいてもらう必要があり、それをもとに担当者ごとのヒアリングの時間を考えていきます。特に、他の専門家と同じタイミングでQAを実行する場合には、同じ担当者へのヒアリングの時間が重複しないように、調整が必要となることもあります。
⑤ 追加の資料請求、QAの実施
③で開示された資料や④のQAの結果を踏まえて、新たに判明した事実についての調査など、追加で開示が必要な資料をリストアップしていきます。
また、④でQAを行った後には、QAの結果を具体的に報告書に落とし込んでいきますが、報告書作成の過程でも不明瞭な内容が出てきたり、追加で質問したい事項が出てきたりすることがあります。
そこで、追加で質問したい事項をQAシートにまとめ、再度QAを行います。
場合によっては、確認事項がわずかであったり、速やかに確認したいなどの理由により、担当者にメールや電話などで直接確認することもあります。
⑥ 法務DDの報告書の作成、報告
①から⑤の過程を経て、法務DD実施結果を報告書にします。報告書の分量は、会社の規模によって異なりますが、買主候補は報告書の内容をもとに方針を決定するため、対象会社の問題点とその分析だけでなく、それらの対応策についても記載することが求められます。
報告書を作成した場合であっても、買主候補に口頭で報告する機会を設けることが多いです。報告の機会を設けることで、買主候補に対して法律問題を補足説明することが可能になりますし、買主候補の法務DDの結果に対する理解を深めることも可能となります。
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法務DDを行うタイミング
法務DDを含めDD(デューデリジェンス)を行う際には対象会社から大量の情報が公開されます。その中には、会社の機微情報が含まれていることが多いため、その情報の管理の観点から、M&Aを検討することを前提とした秘密保持契約や秘密保持条項を含めた基本合意書を締結し、その後に、法務DDを実施するのが一般的です。
場合によっては、基本合意書の中に独占的交渉期間が定められていることがあるため、その期間内に、M&Aを実行できるスケジュール立てをした上で法務DDを進めていくこともあります。
基本合意書については、MOU(Memorandum of Undestanndings)やLOI(Letter of Intent)と略されることもありますが、どれもM&Aの実行ないし検討に向けた準備に関する合意を確認する文書で、秘密保持条項や独占交渉条項などを除いて、法的拘束力を持たない(M&Aの実行を強制されない)ことが一般的です。
法務DDの必要性
M&Aを実行しようとする会社と話をしていて、「今回は予算が限定されているので、法務についてはDDを行わず、表明保証で対応しようと思います。」と言われる方とお会いすることがあります。
表明保証とは、最終の契約書(株式譲渡契約書や事業譲渡契約書など)において、売主が対象会社についてさまざまな事実(たとえば、決算処理が適切になされていることや未払いの労働債権が存在しないことなど)について表明して保証を行い, この表明保証に反する事象が発覚したり、生じた場合には、それにより買主に生じた損害を補償する条項をさします。
上述の発言は、厳しい条件で表明保証を課すことで違反があった場合には損害賠償請求することができるため法務DDを省略するという趣旨でなされたものですが、表明保証によっても法務DDを省略してよいとは言えません。この点については従来から,
- 事後的な救済である補償・損害賠償では解決に時間がかかること
- 損害の立証が困難であること
- 請求時には売主が無資力となっている可能性があること
- そもそも事後的な金銭賠償では償えないような大きな損害を受ける可能性があること
などが理由として挙げられています。
また、最近では、表明保証違反に基づく売主の補償義務について、金額の上限や請求可能期間の制限を設けることも多いため、このかかる観点からも表明保証でカバーできる範囲がますます狭くなっているということがいえます。
取締役の善管注意義務と法務DDの関係
取締役には、経営に関する善管注意義務が課せられています。これは、M&A取引を実行する場合にも当然適用されるものであり、法務DDを行えば認識できたであろう問題点があったにもかかわらず、法務DDを行わなかったために、それを見落としたままM&Aを実行したというような場合には、この善管注意義務に違反しないかという点が問題となります。
この点に関連して、法務DDの実施と取締役の善管注意義務の問題について,正面から議論された裁判例は今のところ見当たりません。
しかし, M&Aの実行に先立って、DDを実施することが一般化したといえる現在においては、通常行われるべきDDを実施せずにM&Aを実行し, その結果会社に損害が生じた場合には、取締役の善管注意義務違反の問題は避けて通れないと思われます。
いわゆる経営判断の原則においても
- 当該判断の当時の状況に照らし、
- 当該会社の属する業界における通常の経営者を基準として
- 当該判断の前提となった事実の認識に不注意な誤りがなかったか、その事実に基づく判断が著しく不合理でなかったか
という観点から判断を行うこととされており、DDの実施は③の「判断の前提となった事実の認識に不注意な誤りがなかったか」を判断する材料の1つといえます。
株式取得に関する裁判例で、株式を取得して半年足らずの間に対象会社が不渡りを起こしてしまい,銀行取引について停止処分を受けたという事案で、買収会社の取締役の善管注意義務違反が問題となった事案で、経営判断の原則の適用の事情の一つとして, 買収会社が対象会社の計算書類と経営上の重要事項について適切に質問しており,これに対する対象会社の回答内容に真偽を疑うべき事情がなかったことが挙げられており(東京地判平27.10.8 資料版商事法務381-133)、この裁判例から考えても法務DDの実施が、取締役の善管注意義務違反について影響を与えるものであるということがいえると思います。
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はじめに
法務DDの目的は何でしょうか。
主には以下のようなものが考えられます。
① M&Aを進める上で障害となる法律上の問題点がないか
② 対象会社の買収価格に影響を与える問題点がないか
③ その他改善が必要な問題点がないか
また、このような目的のために調査をする過程の中で、取引先や契約内容、資産の整理が行われることによって対象会社の情報の整理がはかられることもあります。
①M&Aを進める上で障害となる法律上の問題点がないか
法務DDを行っていて、多く見ることではありませんが、M&Aの遂行上の障害となる事由が発見されることがあります。
たとえば、株式譲渡のスキームの場合に、事業上重要な契約について、対象会社の株式譲渡がなされ、株主が変更されることが解除事由となっていることがあります。このような場合には、事前に相手方に対して、解除権を行使しないことを確約してもらうなどの対応を求めることもあります。
また、事業譲渡のスキームの場合に、重要な許認可の再取得が必要となる場合に、その許認可の取得ができるか不明な場合などには、株式譲渡にスキームを変更することで許認可の再取得の問題が生じないようにできないか、などについて検討することもあります。
②対象会社の買収価格に影響を与える問題点がないか
また、①ほどの重要な問題でないにしても、それなりに重要な取引について解消の可能性が発見されたり、販売している製品に不良品があって、裁判で損害賠償請求をされていたり、労務DDの結果、多額の未払い残業代が見込まれることなどがあります。
このような場合には、当初想定していた買収価格を減額したり、クロージング後に問題が顕在化した場合にその問題によって生じた損害額を補償する条項を入れたり、といった対応の検討が必要となります。
買収価格の減額ではなく、補償条項によって対応するという場合には、補償条項を発動した場合に、売主に補償金を支払う資力があるかどうかという問題も生じます。
③その他改善が必要な問題点がないか
その他、下請法など業法違反がないかや、コンプライアンス上問題がないかどうか、たとえば、ハラスメントが蔓延するような状況がないか、など買収価格には反映しにくいものの改善策が必要となる事項やレピュテーションリスクを招く事由が発見されることもあります。
法務DDは、財務DDや税務DDと比べると優先度が低くなりがちですが、上で書いたようにスキームの遂行に大きな問題を生じさせる事由など、大きな問題点の発見につながることもあります。ぜひM&Aの検討の際には、法務DDについてもご留意ください。
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