2024.9.8.Sun
- コンプライアンス
ホテル・旅館業における損害賠償責任(ホテル業の法務①)
今回はホテル業界の法務についてQ&A形式で解説いたします。
本コラムでは、ホテルが損害賠償責任を負うケースについてご説明します。
Q ホテル側に不手際があった場合には損害賠償責任を負いますが、責任の法的根拠は何ですか?
A 一般的には、契約に伴う義務を履行しなかった責任である「債務不履行責任」(民法415条)です。ホテルが本来提供すべきサービスを提供できなかった場合には、債務不履行責任の問題が生じます。
債務不履行責任の問題が生じる例として、オーバーブッキングや客室タイプの間違いがあります。また、ビュッフェで、明らかに料理の絶対数が足りない、補充が全くない場合や、特定の料理があると書いてあるのに実際は提供されていない場合等も、程度によっては債務不履行になりえます。
Q 安全配慮義務違反を避けるために、何をすればよいでしょうか?
A サービスの提供者として、当然配慮すべき安全性の確保(安全配慮義務)をしなかった場合にも、債務不履行を負い得ます。
ホテル事業者は、安全配慮義務違反を避けるために、ホテル内にどのような危険があるか、どのような対策が必要であるかを分析しておくことが重要です。ホテルの施設や設備の問題点だけでなく、ホテルで提供しているサービスにも危険性がないか検討しましょう。
Q ホテルが顧客に損害賠償責任を負った裁判例はありますか?
A 裁判例を3つご紹介します。
⑴平成7年9月27日判決
〇概要:宿泊客が脳挫傷を起こし、意識障害が生じた状態でトイレで倒れている等の異常な状態であったにもかかわらず、ホテル従業員らが適切な処置をとらず、当該宿泊客が死亡しました。
〇ホテルの責任、賠償額:ホテル側は異常な状態にある宿泊客を速やかに医者に診せるといった適切な処置をとらず、ホテル側が宿泊客に対して負う安全配慮義務に違反したことから、約2000万円の損害賠償請求が認容されました。
〇判決のポイント:従業員が酩酊した宿泊客を見かけた時点で、介抱するなどの十分な対応を取っていれば、その後の転倒・死亡の結果まで責任を負うことはなかった可能性があります。
⑵平成16年6月29日判決
〇概要:宿泊客が身体の110カ所以上をトコジラミと思われる無数の虫に刺され、虫刺症の障害を負ったとして損害賠償を請求しました。
〇ホテルの責任、賠償額:同室の他の宿泊客は虫に刺されず、多数のトコジラミが当該客室に生息・侵入したことの客観的な裏付けはないものの、旅館で被害を受けた苦痛に対する慰謝料として10万円が認容されました。
〇判決のポイント:ベッドにトコジラミがいること自体が安全配慮義務違反とされました。
客室の衛生状態を確保することも、ホテル事業者の責任です。
⑶平成25年7月22日判決
〇概要:客室に配膳しようとしていたところ、宿泊客の子どもが客室から飛び出してきて、鍋に入っていた熱された油で熱傷を負い、後遺障害が残ったとして損害賠償を請求しました。
〇ホテルの責任、賠償額:ホテル側は安全配慮義務の一環として、宿泊客が受傷しないよう配慮する義務を負っているとして、約500万円の損害賠償を認めました。(過失割合は顧客2:ホテル8)
※被害者にも過失が認められる場合、損害の公平な分担の見地から、賠償額について一定の減額(過失相殺)を行います。自分の責任と相手方の責任を割合にして表したものが過失割合です。
〇判決のポイント:子どもを宿泊客として受け入れているならば、部屋から子どもが飛び出してくる可能性があるため、危険なものを出入口付近に置いておくべきではないとされました。
Q ホテルは業務委託先等の行為についての責任を負いますか?
A ホテル事業者がサービス行為の一部で、業務委託先を使用する場合にも、業務委託先の行為をホテル事業者の行為(履行補助者の行為)として、ホテル事業者が全て責任を負う可能性があります。
また、ホテル事業者が直接業務委託先を使用しておらず、ホテル内でサービス提供をしているだけであっても、ホテル事業者に責任が生じる可能性があります(名板貸責任)。
Q 名板貸責任の要件は何ですか?
A 要件は、会社が自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾することです。(例:ホテルAが業者Bに対し、Aの名前での営業を許可した場合)
名板貸責任が成立すると、ホテル事業者は業者と連帯して責任を負うことになり、損害賠償全額を支払うことになりえます。
なお、連帯責任を負う者の間で清算を行うことはできるけど、第一次的な請求をホテルが受けた場合、顧客に対してホテルが全額支払うことになります。
Q 業者がホテル内のスペースで営業しているに過ぎない場合も、ホテルは名板貸責任を負いますか?
A ホテルが業者に商号の使用を許諾したわけではなく、単に業者がホテル内のスペースで営業しているにすぎない場合であっても、顧客の立場から別業者であることが分かりづらい場合には、ホテルが業者のミスの責任を問われる可能性があります。
このような結論となる理由は、名板貸責任の趣旨は、営業主体が誰であるように見えるかという「外観」を信頼した者を保護することであるため、ホテル内で営業しているにすぎない業者であっても、ホテルによって運営されているように見えることがあるからです。
Q ホテルが名板貸責任を問われた裁判例はありますか?
A 平成28年2月10日判決をご紹介します。
〇概要:宿泊客がホテルに出店しているマッサージ店の施術ミスにより、頸椎症性脊髄症を発症し、全介助を要する障害等級2級となったとして損害賠償を請求しました。
〇ホテルの責任、賠償額:マッサージ店のみならず、ホテルも名板貸責任により責任を負うとして、連帯して約9000万円の損害賠償が認められました。
〇判決のポイント:ホテルが、マッサージ店の施術ミスによって生じた損害賠償責任を、名板貸責任の成立する範囲で全額負担すべきと判断されました。
ホテル事業者は、委託先の行為についても責任が生じ得るため、十分な管理・監督を行いましょう。
次回は、ホテル業界の法務(クレーマー対応)についてご説明します。
福岡で顧問弁護士を探している、企業法務について相談できる弁護士を探しているという方はこちらもご覧いただけますと幸いです。