フリーランス保護法と下請法の関係について見てみると、どちらも取引の適正という目的で共通していますが、規制や保護の対象が異なりますし、対象となる取引についても、フリーランス保護法は役務提供委託について自家利用役務が適用されるなど、保護対象の取引の範囲も広範という特徴があります。
フリーランス保護法3条では、取引条件を明示する義務が定められており、下請法3条でも同様の規制があります。
下請法3条では、書面により取引条件を明示する必要があるため、この書面を3条書面と呼んでいますが、下請法の場合、書面を電磁的方法で交付する場合、下請事業者の事前承諾が必要であるのに対し、フリーランス保護法では事前の承諾は不要です(ただし、書面交付を求められたら応じる義務があります。)。
支払期日については、60日以内という期間の設定については共通点が見られますが、フリーランス保護法では、再委託の場合の例外規定として、元委託の支払期日から30日以内という制限がなされています。
また、下請法では遅延利息として年14.6%の規定があるのに対し、フリーランス保護法ではそのような規定はありません。
禁止事項も共通点は多いですが、フリーランス保護法5条の禁止事項は、1か月以上の業務委託に適用されるという違いがあります。また、フリーランス保護法では有償支給原材料等の対価の早期決済および割引困難手形の禁止の規定はありません。
なお、下請法とフリーランス保護法は別個の法律ですので、それぞれの要件に該当すると両方が適用される点は注意が必要です。
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フリーランス保護法は正式名称を「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」といいます。
この法律の目的は大きく2つあります。
1つ目は、取引の適正化を図るため、発注事業者に対し、フリーランスに業務委託した際の取引条件の明示等を義務付け、報酬の減額や受領拒否などを禁止すること。
2つ目は、就業環境の整備を図るため、 発注事業者に対し、フリーランスの育児・介護等に対する配慮やハラスメント行為に係る相談体制の整備等を義務付けることです。
では、どういう者が保護の対象になり、どういう者が規制の対象になるのでしょうか。
まず、保護の対象は、業務を受託する事業者であって、個人の場合は従業員を使用していない者、法人の場合は代表者以外に役員もおらず、かつ従業員も使用していない法人が対象です。このように、下請法の資本金要件と異なり、要件が直ちに判断できないため、相手方に保護対象に該当するかどうかの確認が必要となります。
なお、フリーランス保護法の対象に該当するかどうかの確認は、発注時点であり、適用対象外の者が、発注後に保護対象の要件を満たしたとしてもフリーランス保護法は適用されません。
一方、規制の対象になる事業者は、 個人の場合は従業員を使用する者、法人の場合は2以上の役員がいる、もしくは従業員を使用している法人で、簡単にいうと、1人でなく、2人以上が関与して行っている事業者が規制対象です。
これを構図として見てみると
フリーランス保護法で保護される者は
☞個人であれ法人であれ、1人で事業を行う者
フリーランス保護法で規制されるものは
☞個人であれ法人であれ、2人以上で事業を行う者
と単純化することができます。
例えば、フードデリバリーサービス運営会社A社(2人以上)と出前の配達員のBさんという関係で見ると、Bさんが1人で事業を遂行しているのであれば、これはフリーランス保護法の対象となります。
フリーランス保護法の内容
フリーランス保護法の内容は、大きく以下の5つです。
①書面等での契約内容の明示
②報酬の60日以内の支払い
③募集情報の的確な表示
④ハラスメント対策
⑤解除等の予告です。
以下では、これらの内容、その他の注意点及び違反した場合について説明いたします。
①書面等での契約内容の明示
業務委託時の発注書などに給付の内容、報酬の額、支払い期日、公正取引委員会規則が定めるその他の事項を業務を発注する時点で明記しなければなりませんが、電子的方法によることもできます。
しかし、フリーランスから書面の交付を求められた場合には、遅滞なく書面で交付する必要があります。
②報酬の60日以内の支払い
業務委託報酬の支払期日は当該業務提供日から起算して60日以内において、かつ、できる限り短い期間内において定めなければならないとされています。そのため、報酬の支払い期日を、業務提供日から起算して60日以内に設定されているのか否かという点について契約書のひな形等を見直す必要があります。
例えば、月末締めの翌々月末日払いであれば、3月1日に提供した業務が5月末に支払いとなり、60日以内の支払いにはならないため、翌々月末日払いを翌月末日払いに変えるなどの対応が必要となります。また、受託した業務をフリーランスに再委託する場合は、 支払期日が30日以内となっていますので、気をつけなければなりません。
③募集情報の的確な表示
インターネット等でフリーランスを募集する際に、正確な募集条件を掲載しなければなりません。
広告などで情報を提供する際、虚偽の表示または誤解を生じさせる表示をしないことはもちろん、一度情報をあげても、それがその時期に合わせた正確かつ最新の内容を反映しているか確認が必要になる点も注意点です。
④ハラスメント対策
フリーランスに対するハラスメント対策のために必要な措置を講じなければならず、また、フリーランスがハラスメントに関する相談を行ったことを理由に不利益な取り扱いをしてもいけません。
そのため、フリーランスに対するハラスメントが禁止であるということを会社内での周知を徹底したり、フリーランスが会社の従業員からハラスメントを受けた場合の相談窓口を設定するなどの措置を講じることが必要です。
また、委託事業者が、フリーランスに対して長期間にわたって継続的な業務委託を行う場合には、妊娠・出産・育児・介護と両立しつつ業務に従事することができるよう、必要な配慮をしなければなりません。
長期間の業務委託ではない場合にも、同様の配慮をする努力義務を負います。
⑤解除等の予告
一定期間の継続業務委託関係がある者との間の契約を中途解約する場合には、30日前までに解約を予告しなければなりません。
また、委託事業者は、フリーランスから、契約解除の理由の開示を求められた場合には、遅滞なくこれを開示しなければなりません。
次に、上記の他に委託事業者の注意すべき点として、禁止されている事項を列挙して説明します。
⑴フリーランスの責めに帰すべき事由なく給付の受領を拒絶すること
⑵フリーランスの責めに帰すべき事由なく報酬を減額すること
⑶フリーランスの責めに帰すべき事由なく返品を行うこと
⑷通常相場に比べ著しく低い報酬の額を不当に定めること
⑸正当な理由がなく自己の指定するものの購入・益務の利用を強制すること
⑹自己のために金銭・役務その他の経済上の利益を提供させること
⑺フリーランスの責めに帰すべき事由なく、給付内容を 変更させ、またやり直させること
フリーランス保護法の定めに違反した場合、公正取引委員会等から違反行為について助言・指導・報告・聴取・立入検査・勧告・公表・命令がなされ、 命令違反及び検査拒否等に対しては、50万円以下の罰金が課される可能性があり、委託事業者が法人の場合には行為者と法人の両方が罰せられます。
また、このような処分がなされると、処分を受けたということで、企業の信頼に関する、いわゆるレピテーションの問題が生じることもありますので、注意が必要です。
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1 課徴金制度における返金方法の弹力化
改正前景表法10条および11条は、課徴金納付命令の通知を受けた事業者が実施予定返金措置計画の認定を受けて一般消費者への金銭による返金措置を実施した場合、返金した額を課徴金の額から減額することを定めています。
この返金措置は、課徴金制度の導入以来これまでの利用がわずか数件にとどまっています。そして、その理由として、返金を実施するために銀行口座情報を購入者から取得しなければならないことや、振込手数料が割高であることなどが指摘されていました。
そこで、改正景表法では、金銭以外の支払手段として第三者型前払式支払手段 (いわゆる電子マネー等)を利用することが認められました。
2 課徴金額の推計規定の新設
改正景表法8条4項は、事業者が課徴金の計算の基礎となるべき事実を報告しないとは、内閣府令で定める合理的な方法により売上額を推計して、課徴金の納付を命ずることができることとしました。
課徴金の額は、課徴金の対象となる不当表示をした期間(最大3 年)の売上額が計算の基礎となりますが、商品の売上データを適切に管理していない事業者については課徴金の基礎となる売上額が把握できないために課徴金を課すことができませんでした。しかし、そうすると、ずさんな管理をしていた事業者がかえって得をするという不都合が生じていたため、この推計規定が導入されました。
この「合理的な方法」とは、 課徴金対象期間のうち課徴金の計算の基礎となるべき事実を把握した期間における1日当たりの売上額に、課徴金対象期間の日数を乗ずる方法とされています (改正景表法施行規則8条の2)。
したがって、この改正によってもまったく売上額が把握できない事業者につい ては、売上額を推計することはできないこととなります。
ただし、いかに管理がずさんな事業者であっても、まったく売上額を把握できないことはまれと考えられますので、この制度の導入により、これまでは課徴金対象期間全期間分の課徴金を課すことができなかった(あるいは把握できた売上額が5,000万 円に満たないためにまったく課徴金を課すことができなかった) 事例の多くについて課徴金を課すことができるようになるものと考えられます。
これを事業者サイドから見てみると、たとえば、売上が伸びてきた直近1年分の売上だけ把握しているようなケースにおいては、その3年分を基準として課徴金が計算されると、本来支払うべき課徴金よりも高額の課徴金を課されることになります。
このような不利益を避けるためには、商品の売上額を適切に把握・管理しておく必要があります。
3 再違反事業者に対する課徴金の割増し規定の新設
基準日から遡って、10年以内に課徴金納付命令を受けたことがある事業者に対する課徴金の割合を3%から4.5%に割増しする規定が新設されました (改正景表法8条5項)。
基準日は、報告徴収等、合理的根拠の提出要求、弁明の機会の付与のいずれかが行われた日のうち最も早い日とされています(改正景表法8条6項)。
なお、事業者が過去に課徴金納付命令を受けた者かどうかが問題とされるため、同一の商品・役務でなくても、この規定は適用されます。
4 不当表示に対する直接の刑事罰の新設
優良誤認表示と有利誤認表示に対する直接の刑事罰の規定が新設され、これらの不当表 示をした個人に対して100万円以下の罰金が科せられるほか(改正景表法48条)、法人にも 100万円以下の罰金が科せられることとなりました(改正景表法49条1項2号)。
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令和6年10月1日から施行された景表法改正のうち、今回は確約手続きについて説明いたします。
1 確約手続きの内容と流れ
確約手続とは、不当表示または景品規制違反の疑いのある事業者から、
①違反被疑行為やその影響を是正するための是正措置計画を提出させ、
②その計画が是正措置として十分であり確実に実施されると見込まれると消費者庁が認定した場合、
違反被疑行為に対する措置命令や課徴金納付命令を行わないこととする制度のことです。
確約手続は、消費者庁が違反被疑行為について、確約手続の対象とすることが適当と判断した場合に、違反被疑行為の概要等を記載した書面を事業者に通知(確約手続通知)することにより開始することとなっています (改正景表法26条、30条)。
通知を受けた事業者は、確約手続通知を受けた日から60日以内に、是正措置の認定を申請する必要があります(改正景表法27条1項、31条1項)。
ただし、消費者庁が公表した確約手続運用基準の記載では、「確約手続をより迅速に進める観点から、消費者庁が確約手続通知を行う前であっても、違反被疑行為に関して調査を受けている事業者は、いつでも、調査を受けている行為について、確約手続の対象となるかどうかを確認したり、確約手続に付すことを希望する旨を申し出たりするなど、確約手続に関して消費者庁に相談することができる」とされております。
そのため、実際には、確約手続通知を受ける前段階で、消費者庁と事業者とで協議を行った上で、是正措置計画の策定を開始するという運用が想定されています。
このような中で事業者から提出された是正措置計画が、違反被疑行為やその影響を是正するために十分かつ確実なものであると消費者庁が認定すれば、措置命令や課徴金納付命令が行われないこととなります(改正景表法28条本文、 32条本文)。
もちろん、認定された是正措置計画に従って是正措置が実施されないときや虚偽または不正の事実に基づいて認定を受けたことが判明したときは、認定が取り消されて調査が再開され、措置命令や課徴金納付命令が行われます (改正景表法29条1項、 28条ただし書、 33条1項、 32条ただし書)ので誠実な対応が必要であることは言うまでもありません。
2 確約手続の対象
消費者庁が、確約手続の対象とするか否かの判断にあたっては、「確約手続により問題を解決することが一般消費者による自主的かつ合理的な商品及び役務の選択を確保する上で必要があるか否かを判断する」とされています。
具体的には、「違反被疑行為がなされるに至った経緯、違反被疑行為の規模及び態様、一般消費者に与える影響の程度並びに確約計画において見込まれる内容その他当該事案における一切の事情を考慮し、違反被疑行為等を迅速に是正する必要性、あるいは、違反被疑行為者の提案に基づいた方がより実態に即した効果的な措置となる可能性などの観点から判断する」とされています。
このような記載からも、確約手続通知以前に消費者庁と事業者との協議が行われることが前提になっていることが窺えます。
確約手続の対象外となる場合として、以下の2つが確約手続運用基準において挙げられています。
① 10年以内に景表法に基づく法的措置を受けたことがある場合
② 違反被疑行為とされた表示について根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえ て当該表示を行っているなど、悪質かつ重大な違反被疑行為と考えられる場合
3 是正措置の内容
確約手続運用基準では、典型的な是正措置として、以下の7つが挙げられています。
① 違反被疑行為を取りやめること
② 一般消費者への周知徹底
③ 違反被疑行為及び同種の行為が再び行われることを防止するための措置
④ 履行状況の報告
⑤ 一般消費者への被害回復
⑥ (アフィリエイターなど違反被疑行為の原因となった取引先との) 契約変更
⑦ (有利誤認表示に合わせた) 取引条件の変更
このうち①と②は 「措置内容の十分性を満たすために必要な措置の一つである」とされており、③と④は、「措置内容の確実性を満たすために必要な措置の一つである」とされているため、是正措置計画に必ず盛り込まなければならない事項です。
⑤一般消費者への被害回復とは、商品または役務の代金の全部または一部を消費者に返金することを意味し、これについては、「措置内容の十分性を満たすために有益であり、重要な事情として考慮することとする」とされ、必ずしも是正措置計画に盛り込まなくてもよいことになっていますが、十分性を判断するうえで重要な要素と位置づけられています。この記載からすると、特段の事情のない限り、返金措置を盛り込まない是正措置は不十分と判断される可能性が高いのではないかとされています。
なお、特段の事情としては、法律上、課徴金の納付を命じることができない場合(景表法8条 1項ただし書) が想定されており、具体的には、以下の2つの場合です。
(ア) 事業者が不当表示に該当することを知らず、かつ、知らないことにつき相当の注意を怠ったものでないとき、
(イ)課徴金の額が150万円未満であるとき (売上が5000万円未満であるとき)
⑥と⑦は、「措置内容の十分性を満たすために有益である」とされており、重要度としては返金措置よりも一段下に位置づけられているが、それらの対応が実施可能であるにもかかわらず、是正措置計画に盛り込まない場合には、十分性が認められないおそれが高いと考えられています。
4 制度の利用について
確約手続が認定された場合、 認定確約計画の概要、認定に係る違反被疑行為の概要、確約認定を受けた事業者名その他必要な事項が公表されることになります。
その際、 景表法の規定に違反することを認定したものではない旨は付記されますが、一般消費者からは違反被疑行為を自認したと受け取られる可能性もあり、その内容が措置命令と同じように報道されてしまうと、措置命令を受けた場合と同様、企業のレピュテーションに大きな影響を与えるおそれがあります。 また、是正措置計画に返金措置が必要となると、 経済的な面でも確約手続を利用するインセンティブが低くなるという懸念もあります。
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今回は、前回に引き続き、ホテル業界の法務についてQ&A形式で解説いたします。
本コラムでは、情報漏洩問題についてご説明します。
Q 情報漏洩が起こるパターンは、どのように分類できますか?
A 情報漏洩は、①情報システムが外部から攻撃を受けて漏洩するパターンと②内部から漏洩するパターンがあります。
Q 情報漏洩時に、ホテルはどのような責任を負いますか?
A 自社のシステムがハッキングされ、情報が漏洩した場合には、被害者から直接損害賠償請求される可能性があります。
他社がハッキング等を受けたことにより、自社の顧客情報が漏洩した場合でも、業務委託先を管理・監督できていなかったこと、そのような会社に個人情報管理を委託したことについて責任を問われる可能性があります。
また、情報漏洩問題が起こると、レピュテーションリスクも避けられません。
Q 情報漏洩事件における損害額はどのくらいですか?
A 情報漏洩事件の裁判例を3つご紹介します。
⑴ 平成14年7月11日判決
〇概要:宇治市がシステム開発業務を委託したところ、再々委託先のアルバイトが不正に約22万件の住民基本台帳データを流出させました。
〇自治体の責任:宇治市は、市民のプライバシーを違法に侵害したとして、不法行為による損害賠償責任として、1人あたり1万5000円の慰謝料(弁護士費用を含む)を支払う旨の判決が出されました。
⑵平成19年12月14日判決
〇概要:総合電機通信サービスを提供していた会社に業務委託で派遣されていた元従業員が悪意で個人情報を持ち出し、サービスの会員情報(氏名、住所、電話番号及びメールアドレス等)が流出しました。
〇企業の責任:業務委託で派遣されていた元従業員が悪意で個人情報を持ち出した事案であるにもかかわらず、企業の過失が認定され、企業は慰謝料5000円及び弁護士費用1000円の賠償責任をおいました。
〇判決のポイント:企業としては、外部からの不正アクセスを防止するための相当な措置を講ずべき注意義務を怠った過失があると判断されました。
⑶平成19年8月28日判決
〇概要:TBCとホームページの制作・保守契約を締結していた会社が、ウェブサイトをTBC専用サーバーに移設する際、電子ファイルを公開領域に置いたうえ第三者のアクセス権限を制限する措置を講じなかったため、顧客情報が流出しました。
〇企業の責任:企業は慰謝料3万円及び弁護士費用5000円の賠償責任を負いました。
〇判決のポイント:ホームページの製作・保守業務を委託した者の過失によるものであるとしても、その者に対する実質的な指揮、監督が認められる場合に、使用者責任を負うと判断されました。
Q 情報漏洩発生の可能性を下げる予防措置はありますか?
A 予防措置には、内部からの情報漏洩に対する対策と、外部からの情報漏洩に対する対策があります。
まず、内部からの情報漏洩に対する対策として、社内規則の制定・研修を行いましょう。規則の制定・研修を行うことで、従業員(アルバイト社員を含む)の意識の向上が期待できます。
2つ目に、社内体制の整備が挙げられます。具体的には、担当部署を設置し、リスクの特定や対応の整備の実施を行います。
3つ目に、外注管理が挙げられます。業務委託先の会社が十分な情報管理体制を有しているかを確認しましょう。「プライバシーマーク」や「ISMS」などを一つの目安として選定することも考えられます。
次に、外部からの情報漏洩に対する対策として、サイバーセキュリティ対策が挙げられます。専門システムの導入や外部委託等により、不正アクセスのリスクを減少させることができます。
必要な措置を講じていたという事実が過失の有無の判断で重要です。
2つ目に、保険の加入が挙げられます。サイバー攻撃に起因する漏洩は補償の範囲内となっています。情報漏洩時の見舞金について上限が定められていることもあるため、保険約款の十分な検討が必要です。
Q 情報漏洩が起きた際に、どのように対応すればいいですか?
A まず、対外的リリースを行い、迅速な謝罪を行いましょう。謝罪対応が遅いと、批判が強まるおそれもあります。リリースの手順、具体的内容についてマニュアルを作成しておくと有用です。
他にも、お詫び金の交付が考えられます。額は、1人あたり500~1000円相当の商品券やポイントが多いです。
ただし、お詫び金を交付したとしても、依然として損害賠償請求リスクが残る点には注意が必要です。
また、個人情報保護委員会に漏洩事故の報告をすることも考えられます。漏洩発覚日の3~5日以内に速報を出し、発覚日から30日以内に確報を出しましょう。
Q お詫び金による対応の具体例はありますか?
A 数社のお詫び金による対応をご紹介します。
⑴ソフトバンクBB
〇概要:インターネット接続サービス等の会員の個人情報が外部に漏洩しました。
〇対応:1人あたり500円の金券を、451万7039人に送付しました。
⑵アリコジャパン
〇概要:保険契約の証券番号、クレジットカード番号、有効期限が流出しました。ただし、流出情報に氏名、住所、電話番号、契約内容、健康情報などは含まれていませんでした。
〇対応:実際に流出した18,184人には10,000円の金券を、注意喚起の連絡をしたが、結局流出しなかった約11万人には3,000円の金券を交付しました。
⑶アミューズ
〇概要:クレジットカード情報及びメールアドレスが流出しました。
〇対応:148,680人に1人当たり500円のクオカードを送付しました。
情報漏洩問題への対策として、情報漏洩が生じない体制の構築は勿論重要ですが、必ずしも情報漏洩が防げるわけではありません。そのため、体制の構築に加えて、情報漏洩が生じた場合の対応策について平時から検討しておくことが重要です。
福岡で顧問弁護士を探している、企業法務について相談できる弁護士を探しているという方はこちらもご覧いただけますと幸いです。
今回は、前回に引き続きホテル業界の法務についてQ&A形式で解説いたします。
本コラムでは、クレーマー対応についてご説明します。
Q クレーマー対応は難しいイメージがありますが、そもそもクレーマー対応の難しさの原因はなんでしょうか?
A クレーマー対応の難しさの原因は、①顧客の主張がホテル側のミスに起因するものか、単なる言いがかりか判断が難しい場合があること②ホテル側のミスがあったとしても、どこまで責任を負って解決すべきか明らかでない場合が多いこと③顧客の主張が言いがかりであっても、顧客という相手方の立場上、顧客の主張を無視することは困難であることの3つです。
クレーマーによる法的な要求に対しては、普段から対策を講じて、適切な対処をすることが重要です。
Q クレーマー対策として意識すべき点は何でしょうか?
A 1つ目に、やりとりを記録化することが挙げられます。
防犯カメラは、クレーマーとのやり取りが発生しやすい場所に設置し、顔がしっかり映るか確認します。また、ICレコーダーによって音声を残すことも重要です。
クレームが発生したときに、とっさに録画・録音をすることは難しく、場合によってはクレーマーを刺激し得るので、普段から準備しておきましょう。
仮にクレーマーとのトラブルが裁判に発展した場合に、相手方の同意を得ずに録音したデータを裁判の証拠とできるかが問題になりますが、民事裁判においては、このような秘密録音も、一般的に証拠として使用することは可能とされています。そのため、相手方に同意を得ることなく、秘密裏にでも、音声を録音しておくことは重要です。
2つ目に、書面に残すことが挙げられます。
クレーマーとのやり取りが行われた日時、先方の要求内容や、それに対する回答内容を、その都度書面に記録しておきましょう。一定の段階で口頭でのやり取りではなく、要求事項は書面で出してもらうよう、切り替えることも重要です。
このようにすることで、仮に紛争になったときの証拠となるし、他の従業員とも顧客とのトラブルについて共有しやすくなります。
3つ目に、現場で抱えず、専門の部署に引き継ぐことが挙げられます。
現場の人員不足や不適切な対応をしてしまうリスクを避けるため、クレーマーの要求がある限度を超えた場合には、専門部署に引き継ぎましょう。クレーマーの言動が一定の犯罪行為に該当する場合には、必要に応じて警察を呼ぶ必要がある場合もあります。
クレーマーの要求がどの程度に達したら専門部署に引き継ぐかの検討や、クレーマー対応体制の整備は普段から行いましょう。
Q 悪質なクレーマーを出入り禁止にできるのは、どのような場合ですか?
A 出入り禁止については、旅館業法5条に定めがあり、ホテルが宿泊を拒否できるのは限定された場面に限られています。
(参考)旅館業法5条
営業者は、左の各号の一に該当する場合を除いては、宿泊を拒んではならない。
一 宿泊しようとする者が伝染病の疾病にかかっていると明らかに認められるとき
二 宿泊しようとする者がとばく、その他の違法行為又は風紀を乱す行為をする虞があると認められるとき
三 宿泊施設に余裕がないときその他都道府県が条例で定める事由があるとき
2号には解釈の余地があるので、過去にクレーマーとして観測されたことを理由に宿泊拒否ができるかは慎重な判断を要します。3号では条例で拒否事由を定められるとされているため、各自治体の条例を確認しておきましょう。
なお、正当な理由なく宿泊を拒否すると、行政指導や罰則(50万円以下の罰金)の対象となり得ます。
Q ブラックリストの作成・運用の問題はありますか?
A 宿泊客からの個人情報は、主として宿泊サービス提供の目的で行われるため、ブラックリストの作成に使用すると、個人情報の目的外利用(個人情報保護法16条)に該当する可能性があります。
また、作成したブラックリストの情報を業界団体や他のホテルに提供することは、第三者提供(同法23条)に該当し、本人の同意なく行えません。
しかし、悪質なクレーマーについてのリストの作成及び共有は、例外的に許容される可能性があります。
目的外利用については個人情報保護法16条3項2号、第三者提供については同法23条1項2号が「人の生命・身体または財産の保護のために必要がある場合」には、同意がなくとも可能である旨定めており、「意図的に業務妨害を行う者の情報について共有する場合」がこれに含まれるとされています(個人情報保護法ガイドライン)。
ただし、どの程度悪質であれば、これらの例外に該当するかは明確でないので、ブラックリストという形で宿泊客の個人情報を第三者に提供することは、個人情報保護法に違反する可能性があるということを念頭に置くことが重要です。
本コラムでご説明した「クレーマー対策として意識すべき点」は、ホテル以外の業界でも応用できると思いますので、ぜひ本コラムの内容をご活用ください。
次回は引き続き、ホテル業界の法務(情報漏洩問題)についてご説明します。
今回はホテル業界の法務についてQ&A形式で解説いたします。
本コラムでは、ホテルが損害賠償責任を負うケースについてご説明します。
Q ホテル側に不手際があった場合には損害賠償責任を負いますが、責任の法的根拠は何ですか?
A 一般的には、契約に伴う義務を履行しなかった責任である「債務不履行責任」(民法415条)です。ホテルが本来提供すべきサービスを提供できなかった場合には、債務不履行責任の問題が生じます。
債務不履行責任の問題が生じる例として、オーバーブッキングや客室タイプの間違いがあります。また、ビュッフェで、明らかに料理の絶対数が足りない、補充が全くない場合や、特定の料理があると書いてあるのに実際は提供されていない場合等も、程度によっては債務不履行になりえます。
Q 安全配慮義務違反を避けるために、何をすればよいでしょうか?
A サービスの提供者として、当然配慮すべき安全性の確保(安全配慮義務)をしなかった場合にも、債務不履行を負い得ます。
ホテル事業者は、安全配慮義務違反を避けるために、ホテル内にどのような危険があるか、どのような対策が必要であるかを分析しておくことが重要です。ホテルの施設や設備の問題点だけでなく、ホテルで提供しているサービスにも危険性がないか検討しましょう。
Q ホテルが顧客に損害賠償責任を負った裁判例はありますか?
A 裁判例を3つご紹介します。
⑴平成7年9月27日判決
〇概要:宿泊客が脳挫傷を起こし、意識障害が生じた状態でトイレで倒れている等の異常な状態であったにもかかわらず、ホテル従業員らが適切な処置をとらず、当該宿泊客が死亡しました。
〇ホテルの責任、賠償額:ホテル側は異常な状態にある宿泊客を速やかに医者に診せるといった適切な処置をとらず、ホテル側が宿泊客に対して負う安全配慮義務に違反したことから、約2000万円の損害賠償請求が認容されました。
〇判決のポイント:従業員が酩酊した宿泊客を見かけた時点で、介抱するなどの十分な対応を取っていれば、その後の転倒・死亡の結果まで責任を負うことはなかった可能性があります。
⑵平成16年6月29日判決
〇概要:宿泊客が身体の110カ所以上をトコジラミと思われる無数の虫に刺され、虫刺症の障害を負ったとして損害賠償を請求しました。
〇ホテルの責任、賠償額:同室の他の宿泊客は虫に刺されず、多数のトコジラミが当該客室に生息・侵入したことの客観的な裏付けはないものの、旅館で被害を受けた苦痛に対する慰謝料として10万円が認容されました。
〇判決のポイント:ベッドにトコジラミがいること自体が安全配慮義務違反とされました。
客室の衛生状態を確保することも、ホテル事業者の責任です。
⑶平成25年7月22日判決
〇概要:客室に配膳しようとしていたところ、宿泊客の子どもが客室から飛び出してきて、鍋に入っていた熱された油で熱傷を負い、後遺障害が残ったとして損害賠償を請求しました。
〇ホテルの責任、賠償額:ホテル側は安全配慮義務の一環として、宿泊客が受傷しないよう配慮する義務を負っているとして、約500万円の損害賠償を認めました。(過失割合は顧客2:ホテル8)
※被害者にも過失が認められる場合、損害の公平な分担の見地から、賠償額について一定の減額(過失相殺)を行います。自分の責任と相手方の責任を割合にして表したものが過失割合です。
〇判決のポイント:子どもを宿泊客として受け入れているならば、部屋から子どもが飛び出してくる可能性があるため、危険なものを出入口付近に置いておくべきではないとされました。
Q ホテルは業務委託先等の行為についての責任を負いますか?
A ホテル事業者がサービス行為の一部で、業務委託先を使用する場合にも、業務委託先の行為をホテル事業者の行為(履行補助者の行為)として、ホテル事業者が全て責任を負う可能性があります。
また、ホテル事業者が直接業務委託先を使用しておらず、ホテル内でサービス提供をしているだけであっても、ホテル事業者に責任が生じる可能性があります(名板貸責任)。
Q 名板貸責任の要件は何ですか?
A 要件は、会社が自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾することです。(例:ホテルAが業者Bに対し、Aの名前での営業を許可した場合)
名板貸責任が成立すると、ホテル事業者は業者と連帯して責任を負うことになり、損害賠償全額を支払うことになりえます。
なお、連帯責任を負う者の間で清算を行うことはできるけど、第一次的な請求をホテルが受けた場合、顧客に対してホテルが全額支払うことになります。
Q 業者がホテル内のスペースで営業しているに過ぎない場合も、ホテルは名板貸責任を負いますか?
A ホテルが業者に商号の使用を許諾したわけではなく、単に業者がホテル内のスペースで営業しているにすぎない場合であっても、顧客の立場から別業者であることが分かりづらい場合には、ホテルが業者のミスの責任を問われる可能性があります。
このような結論となる理由は、名板貸責任の趣旨は、営業主体が誰であるように見えるかという「外観」を信頼した者を保護することであるため、ホテル内で営業しているにすぎない業者であっても、ホテルによって運営されているように見えることがあるからです。
Q ホテルが名板貸責任を問われた裁判例はありますか?
A 平成28年2月10日判決をご紹介します。
〇概要:宿泊客がホテルに出店しているマッサージ店の施術ミスにより、頸椎症性脊髄症を発症し、全介助を要する障害等級2級となったとして損害賠償を請求しました。
〇ホテルの責任、賠償額:マッサージ店のみならず、ホテルも名板貸責任により責任を負うとして、連帯して約9000万円の損害賠償が認められました。
〇判決のポイント:ホテルが、マッサージ店の施術ミスによって生じた損害賠償責任を、名板貸責任の成立する範囲で全額負担すべきと判断されました。
ホテル事業者は、委託先の行為についても責任が生じ得るため、十分な管理・監督を行いましょう。
次回は、ホテル業界の法務(クレーマー対応)についてご説明します。
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Q 当社が所有している賃貸マンションで滞納が続いていたため、催促をしているのですが、電話も手紙もつながらず、部屋に行っても実際に住んでいるか分かりません。鍵は持っているのですが、勝手に開けて荷物などを出して新しい入居者に貸していいものでしょうか。
A まず、賃貸借の解除が認められるかどうかについては、「信頼関係の破壊」が認められるかによります。「信頼関係の破壊」が認められる場合には裁判をするということになりますが、今回のように賃借人と連絡がとれず、どこにいるか分からない場合には、前提として話し合いでの解決が困難と思われますので、訴訟を提起する必要性が高いといえます。
所在不明の者への裁判手続き
我々弁護士が調査を行う場合には、住民票が別の場所に移されていないか、という調査を行うこともありますが、住民票は元の住所のまま、ということもあります。
その場合、まず、賃貸借契約の解除の意思を伝えないといけないので、現住所宛に解除通知を送ります。通常は内容証明郵便で送りますが、相手が受領しない場合や不在で受領できない場合には返送されてしまいます。そのため、相手が受領しないことが予測される場合には、郵便受けに配送されたことを担保するために特定記録郵便を発送するという方法をとります。
所在不明者の探索方法ですが、一般的には、
・賃貸物件への訪問や郵便受け、水光熱メーターなど居住の有無の確認
・近隣住民や管理人への確認
・保証人などへの確認
などがあります。この調査の内容によって、居住が確認できる(こちらの連絡に応じないだけなのか)のか、居住の痕跡がないのか、によって訴訟を行う場合の手続きが変わってきます。
賃借人の居住が確認できる場合には、解除の通知も有効に到達したものと考えられますし、訴状の受領を拒絶したとしても、賃借人の居住が確認できる旨(生活の痕跡が認められる旨)の報告書を裁判所に提出した上で、書留郵便に付する付郵便送達という手段で訴状を送達することができます。
一方で、居住が確認できない場合には、賃借人の最後の住所地を管轄する簡易裁判所に公示の方法による意思表示に関する申し立てを行い、相手の所在が不明と認められた場合には、解除通知書が裁判所に掲示されるとともに官報に掲載されるなどして解除の意思表示が到達したとみなす方法で解除を行うという方法があります。
ただし、どちらにせよ、その後訴訟提起を行うため、訴状の中で解除の意思表示を行うことで対応する方法が直截的です。
賃借人の居住が確認できない場合には、公示送達の方法により訴状を送達します。
これは、賃借人の居住が不明であることを調査結果とともに裁判所に報告書を提出し、裁判所の掲示板に訴訟提起の事実を掲示することで掲示から2週間の経過をもって訴状が送達したとするものです。
これによって訴訟が進行し、賃借人が裁判所に出頭しなかったとしても賃貸人の請求を認める判決が出され、この判決に基づいて強制執行などを行うこととなります。
このように、賃借人の所在が不明の場合には対応が煩雑ですが、裁判手続きを経ずに勝手に荷物を出すなどの自力救済は禁じられており、そのようなことを行うと民事や刑事の責任に問われる可能性もあるので、絶対に控えてください。
最近では、このようなリスクを避けるために、家賃債務保証会社などの活用も進んでいます。
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Q 所有しているビルが老朽化し、建替えをしたいので次の賃貸借契約期間の満了をもって賃借人に退去してほしいと思っています。賃貸借契約期間の満了による場合であれば解除は認められるのでしょうか。それとも、賃借人の引っ越し費用など、いわゆる立退料の負担をすれば解除は認められるのでしょうか。
A 賃貸借契約は通常数年間程度の契約とされていることが多く、期間が満了すると契約が終了するようにも思われます。現に定期賃貸借契約の場合には、期間満了により当然に終了することとなっています。
一方で、普通賃貸借契約の場合には、賃貸借契約の終了には正当事由が必要とされています。この正当事由の判断には、
・建物の賃貸人及び賃借人が、それぞれ建物の使用を必要とする事情
・建物の賃貸借に関する従前の経過
・建物の利用状況及び建物の現況
・建物の明け渡しの条件(いわゆる立退料)
が考慮されます。
そのため、裁判になった場合には、建物の使用の必要性を前提に、これまでの経緯や立退料などの事情を総合考慮して明け渡しの是非が判断されます。オーナー側の視点に立つと、立退料を高額にしても、必ずしも明渡しが認められるわけではないということになります。
賃貸借契約終了の正当事由について
この正当事由については、強行規定といって契約書で修正できないとされていますので、いくら契約書に賃貸人の中途解約権などを定めていたとしても正当事由がない解除はできないため、期間満了による明渡しを確実に行いたいのであれば、定期賃貸借契約を締結することを心掛けなければなりません。
それでは、建物の老朽化が進んでいる場合に、建替えをするという事情は正当事由となるのでしょうか。建物の老朽化や耐震性能の不足、他のテナントとの競争力の低下という事情は賃貸人側から裁判でも主張されることが多く見られます。
実際に裁判においても、建物の建替えによる土地の有効利用は正当事由を基礎づける有力な事情と考えられており、賃貸人側の使用の必要性を基礎づける重要な事実となります。
実際に明渡しを進める場合には、オーナー側とテナント側で交渉が行われることが一般的であり、このような交渉経緯も正当事由の重要な要素とされていますので、オーナー側からすると誠実に交渉を行う必要がありますし、その中で移転を強いられるテナントの不利益を解消するための提案を行う必要があります。
普通賃貸借契約の終了の流れ(賃貸人請求の場合)
一般的に普通賃貸借契約を解消する場合には、期間満了の1年前から6か月前の間に賃貸人から賃借人に対して賃貸借契約を更新しない旨の通知を行い(借地借家法26条1項)、その前後で立ち退きに向けた条件面での交渉を行うこととなります。
交渉で解決がつかなかった場合には訴訟手続きの中で解決が図られることもありますが、この場合であっても裁判所は話し合いによる解決を調整するのが一般的です。
この話し合いの中で、退去を余儀なくされる賃借人に対して
・移転した場合の賃料の差額の補償(一定期間)
・移転先での工事等の費用
・移転に伴う案内等の費用
・引っ越し費用
などを行うことを前提に和解の協議がなされていきます。
最初の質問への回答としては、老朽化による建替えについては、建替えの必要性が認められる場合には解除が認められる場合もあるが、絶対に解除できるわけではないし、解除できる場合であっても、一般的にはオフィスの移転に伴う一定の費用が立退料として必要となることが多い、という回答となります。
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賃貸借契約の解除の可否
Q 当社が所有している物件についてAに賃貸借をしていますが、最近賃料を滞納しています。前にも賃料を滞納したことがあり、契約書にも賃料を滞納した場合には解約できると記載しているため、賃貸借契約を解除しても問題ないでしょうか。
A 賃料の滞納があっても「信頼関係の破壊」が認められないと賃貸借契約の解除は認められません。
賃貸借期間中にテナントからの賃料が滞ることはよく起こりうるものです。最近では、居住用住居のみならず、商業用のテナントについても家賃債務保証会社と契約を行い、賃料が滞納されても家賃債務保証会社から支払いを受けるということも増えていますが、まだまだ居住用に比べると浸透度が低いのが現状です。
賃料滞納が数か月分積み重ならないようにこまめに賃借人と連絡を取りながら回収をしていくのが重要ですし、万一賃料の支払いを受けられなくなった場合に敷金でカバーできる範囲なのか確認しておくことも必要です。特に、テナントの場合は原状回復費用がかさむことが多いので賃料の滞納だけでなく、原状回復費用もカバーできるのかは重要な確認事項です。
では、テナントが賃料を滞納した場合に、賃貸借契約の解除は認められるのでしょうか。
賃料の支払いは賃貸借契約の重要な約束事ですし、賃貸借契約書でも賃料の支払いを怠ると解除できるとしていることが通常ですので、解除は認められそうにも思われます。
しかし、賃貸借契約は継続的な関係に基づくものであり、裁判例上、こうした契約については「信頼関係の破壊」がないと契約の解除はできないとされています。
一般的には、賃料を1~2か月程度滞納しただけでは信頼関係を破壊したとはいえないとされることが多く、3か月以上の滞納が目安とされています。
テナント(賃借人)が破産した場合の賃貸借契約の解除の可否
また、テナント(賃借人)が破産した場合は賃貸借契約の解除は認められるのかという相談もあります。
賃貸借契約の中には、賃借人が破産手続開始の申し立てをした場合や開始決定がなされた場合を解除事由としていることがよく見られますが、これは賃借人にとって不利なものとして裁判例上無効とされています。
一方で、破産にいたる会社は賃料を滞納していることもよくありますが、上で述べたように3か月程度の滞納があって、信頼関係が破壊されているとされれば、賃貸借契約の解除は可能です。
テナントが破産し、賃料の滞納状況から判断して賃貸借契約の解除が困難という場合には、賃貸人は破産した会社の判断を待つ必要がありますが、破産手続きが開始すると裁判所から破産管財人という者が弁護士の中から選任され、この破産管財人が賃貸借契約を解除するか、継続するかを決定することとなります。
破産管財人が賃貸借契約を継続すると決めた場合賃料がどうなるかということを疑問に感じられると思いますが、開始決定後の賃料については優先的に支払いを受けられる債権とされます。一方で、破産開始決定が出る前までの賃料については、このような優先的な支払いを受けられず、破産債権として届出を行うこととなりますが一般的にはかなり低い配当率での配当を受けるのみです。
ただし、敷金がある場合には、未払賃料を敷金から相殺することはできます。
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